エスペラントの基礎 -0- エスペラントとは
エスペラントは、ユダヤ系の眼科医、ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフによって作られた人工言語だ。エスペラント語ともいわれるが、単にエスペラントというのが一般的。非常に平易な文法構造で知られ、容易に学習することができる。
背景
Blank_map_of_Europe.svg: maix¿?derivative work: Alphathon /‘æɫfə.θɒn/, CC BY-SA 3.0url, via Wikimedia Commons
ザメンホフは、1895年にポーランドで生まれた。当時のポーランドは帝政ロシアに支配されていた。町には、様々な違う言語を話す民族が暮らしていて、分断され、トラブルの原因となっていた。ザメンホフは、トラブルの主な原因は言語が異なる民族の間でのコミュニケーションに適した言語がないことにあると考えていた。彼の国際共通語への憧憬はこの時から始まった。
そうした経験のもとに、10代の頃からエスペラントの原案を作り出した。彼はすぐにそれを公表することはなく、9年もの年月をかけて試行錯誤を繰り返す。そうして、1887年に『国際語』というロシア語の冊子が刊行された。ロシア語ではあるが、🔗こちらで無料で読むことができる。
『国際語』を出版する際にザメンホフが用いた名前が「エスペラント博士」であり、エスペラントの由来となった。「エスペラント」(Esperanto)とは希望する人という意味だ。彼の国際共通語への強い憧憬がうかがえる。
さて、エスペラントはその後着実普及していく。1920年代には、社会主義、共産主義などの運動の潮流に乗り世界各国の労働者同士がコミュニケーションする手段として発展するなど、様々な側面においてエスペラントは発展していった。一時は国際連盟の公用語として採用しようとする動きまであった1。
現代のエスペラント
現在、エスペラント話者は160万いるとされる。エスペラントにまつわる運動が最も盛んなのはヨーロッパであり、ブルガリアなどでは全国的に学校教育に取り入れられている2🔗。
毎年エスペラント大会が行われている。
まとめ
今回はエスペラントの基礎についてまとめた。
脚注
フランスの反対により頓挫した。 ↩